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春を待つ 近所の桜並木を子どもたちと歩いてきた

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「春よ来い」とこれほどまでに思ったことはないかもしれません。

まるで現実ではないかのようなこの数か月、それでも季節は確実に移り変わり今日から新年度。

長男みーは春から高校生、次男みぃ君は小学生になります。二人ともおめでとう。

先日は近所を3人で散歩してきました。

二人の成長

9歳差の二人。

つい先日小学校を卒業したばかりだと思っていたのに、もう高校生になるみー。

6年生の時の交通事故の影響は全くないとは言いませんが、目標を持って受験勉強をしていたようです。進路も本人の希望にまかせ、極力口は出しませんでした。もう15歳、彼の人生は間違いなく彼自身のものになりつつあります。親はそっと見守り、何かの時に少し力になるだけだなと感じています。

みぃ君は0歳から通った保育園を卒園。

大好きな保育園と先生やお友達とのお別れが名残惜しいようで、卒園式で歌った「いっぽ いっぽ」という歌をアレクサにリクエストしては毎日歌っています。書きながら彼はいわゆるデジタルネイティブ世代なんですね。ゲームもスマホも与えていない我が家ですが、それでも写真のようにGoProも違和感なく使ってしまうところは私の子どもの頃とは違うんだなと思います。

4月6日予定される小学校の入学式を前に、今日4月1日からは一足先に学童保育へ入所です。遠くの保育園へ通っていたため校区に知り合いがいないみぃ君。知っている子が誰もいない新しい環境に少し不安気味ですが、大丈夫、心配なことは何でも受け止めてあげるからねと話しては、お風呂でギュッと抱きしめています。

個性の違う9歳差の二人。伝えていきたいのは一つだけ、どんなことがあっても命を大事にと。これからも成長を見守らせて欲しいなと願っています。

 

警戒しながらも萎縮せずにいたい

近所へ散歩に行くにも躊躇する昨今。コロナウイルスへの警戒はもちろんですが、それとは違う不安感というか、違和感を感じるこの頃です。

「3つの密」を避けるようにと言われていますが、自粛に次ぐ自粛で心が萎縮してしまっています。

閉鎖されいない空間を歩くだけでも「何か言われるのではないか?」と考えてしまいます。住民同士が監視し合うようなそんな雰囲気。警戒はしつつ寛容でいたい。宅配便の配達員に消毒液をかけるとか、新聞紙にウイルスがついているかもしれないと配達を中止するとか・・・考え方はそれぞれ自由ですから私はとやかく言いませんが、こういう時こそ冷静でありたいと思っています。

この時期になると川沿いに植えられた桜が見事で桜見物で大勢の人が押し寄せる近所の用水路沿いの遊歩道。少し時期が早かったとはいえ閑散としていました。

暦の上で春は必ず来る、いつもならば当たり前のこと。心躍らせつつもどこか物悲しいような、そんないつもの春は今年はまだ来ていません、少なくとも私には。今回のことで季節は人の気持ちと関係があるものなのだと気づかされました。気持ちに違和感を抱えながらの春はやはり寂しいです。

桜はそんな気持ちを和ませてくれました。

春に桜を見られるということは大事なんだと・・・。

 

OLYMPUS OM-D E-M1 Mark IIIでお出かけ

発売と同時に買い替えた「OM-D E-M1 Mark III」。MarkⅡの後継機として目新しい変化はないと言われつつ、相変わらずの手振れ補正の素晴らしさやちょっとした使い勝手の向上は今のところとても満足。

久しぶりにM.ZUIKO DIGITAL ED 12-100mm F4.0 IS PROと組み合わせて使ったのですが、画質のしっかりした「便利ズーム」というのは本当に納得。写真云々言えるような腕はないのですが、歩きながら気軽に写真を撮るのが楽しかったです。私にとってはそれが大事。

桜の下で家族でお弁当を広げたり、新しいカメラを持って早く山やキャンプに行きたい。

春よ来い。

 

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