2018年GW直前の涸沢テント泊ー北穂高岳南陵(1)

北アルプス
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2018年のGWが過ぎて早くも1週間以上が経ちました。

連休でたまった仕事を何とかこなしたこの週末は雨。朝から降り出した雨でしが、早朝に近所の名城公園をランニング。この一週間は夏山に向けて筋トレとランニングを少しずつ再開させてきましたが、まだまだ体の動きが鈍く重いために不安がつきません。

というのも、GW前の4月21日-22日、まだ開山前の上高地から涸沢、残雪期の北穂高岳を歩いて来たのですが、思っていた以上に体力の消耗が激しく、「このままだと夏は迎えられない」と真剣に反省した山行となってしまったからでした。何とか不安を解消すべくトレーニングアプリに助けてもらいながら頑張らねばと思っています。

さて、前置きが長くなりましたが、今年も無事に北アルプスの玄関口、上高地までのルートが開通しました。4月21日、沢渡バスターミナルに車を停め、今年初の上高地行きバスに揺られて上高地へ向かいながら、「今年は何度ここを通ることになるかな?」と思いながら、テントを背負ってユックリと残雪期の北アルプスを堪能してきました。

沢渡バスターミナル→上高地行きバスorタクシーで上高地

昨年はGWの終わった翌週に涸沢へ行きました。その時は暴風と濃いガスで涸沢でのテント泊のみとなってしまいました。奥穂や北穂にはそれぞれ岳沢やキレット越えをしながら登りはしたものの、残雪期の涸沢からの北穂に登りたく、混み合うGW前に上高地へ向かいました。

上高地バスターミナル前の駐車場に到着したのは5時30分。すでに始発のバスは出発した後。この日の行程は涸沢まで歩くのみだったため、特段急ぐ必要もありません。準備をして次のバスに乗り込もうとしたのですが、バス停まで行ってからストックを忘れていることに気が付いて急いで車までダッシュ。ギリギリバスに乗り込むという不吉なスタートでした。

そんなスタートながら、天気は上々。さすがに早朝の上高地はヒンヤリとしましたが、それもまた気持ちがいい。予報では二日間ともに晴天が続きそう。ただ、雪の量や雪崩はどうなのか、情報がないなかでのスタートなだけに不安は尽きませんでした。

それでも上高地バスターミナルで登山届を提出し、人気のない河童橋からの穂高の山。久しぶりのこの光景に嬉しさがこみ上げてきます。どんな景色が待っていてくれるのでしょう。

スタートから体に異変

河童橋通過は6時50分。普段ならここから2時間で11km先の横尾まで歩くのですが、この日は歩き始めから体の異変に気が付いていました。身体が全く動かないのです。直接的には、この数日前から体調を崩し、高熱が数日間出たまま仕事を続けていたということがあります。しかし、冬の間も西穂や唐松、八ヶ岳、伊吹山などは歩いていたものの、どの山行も距離は短く、体力的なハードさは低めのものばかり。間違いなく体力が落ちていたと思います。

加えて冬靴での11kmの林道歩きが足を苦しめました。結果的には冬靴の選択は間違っていなかったのですが、こと林道歩きに関しては辛すぎます。今年も何度となく上高地~横尾間を歩くとするならば、オールシーズン登山靴の季節が来たとしても、何かしら対策をたてないといけないと改めて痛感しました。横尾に到着するころにはすでに足の裏の皮がめくれ初めていたと思います。

この冬大活躍してくれましたが、林道歩きには痛かった。

横尾大橋が文字通り分岐点に


結局横尾に到着したのは9時少し過ぎ。2時間10分ほどとタイム的には昨年とそれほど変わらなかったのですが、体調面では引き返した方がいいのではないかと思うほどの辛さを抱えていました。

横尾は涸沢方面、槍ヶ岳方面への分岐点ともなる場所。正直、ここで長めの休憩を取り、体調が戻らなければ撤退を考えていました。しかし、横尾大橋前のベンチに腰を下ろし、水分と栄養を取りながら大よそ30分の大休止を挟んだことで何とか体調が落ち着いてきました。この時はホッと胸をなでおろしました。ここからは登りも始まります。登りが始まると不思議と足の痛みは取れていくものです。文字通り横尾大橋が今回の山行の分岐点となりました。

横尾大橋からルート不明瞭な涸沢への残雪の道を行く

足の皮がめくれているなという感覚はあったものの、登りが始まると気持ちはそちらに集中していくものです。やっぱり登りが登山の楽しみです。当たり前ですが(笑)

見慣れた涸沢への道のはずですが、この日は全く違いました。開山まで1週間前ということもあり、まだルートはほとんど歩かれた跡がなく、冬の間の雪で倒れた木々が本来のルートを至る所で塞いでいます。沢沿いを登っていくことには変わりがないので、ルートを大きく外れるような心配はありませんが、全く違う景色は新鮮でありながら、いつもよりも若干緊張をしいられながらの登りだったのかもしれません。この涸沢への登りは全体として今までになく疲れました。

雪は少なく、すでに沢が大きく露出しています。昨年は雪の下だったのですが。

残雪をズボズボと股まで何度も踏み抜きながら、いつも以上に時間がかかって歩きました。

時折凄まじい轟音を響かせながら雪と岩が雪崩落ちてきます。あんなものに巻き込まれたら命はないなと思いながらも、その自然のエネルギーにその瞬間は見入ってしまうから不思議です。

1時間以上かかり、まだ橋のかかっていない本谷橋出合に到着です。ここで少し休憩をとったのですが、よくよく見ると雪の割れ目がいくつも走っています。少し上流部には沢が顔を出している個所もあり、いつ崩落するかわからないという怖さがありました。それでも、ここを通過しなければ涸沢へはたどり着きません。
※この日の午後、もしくは翌日の朝に本谷橋には例年よりも早く吊橋がかけられました。

恐る恐る慎重に、それでも出来るだけスピーディーに向こう岸まで渡り切り、少し斜面を登りました。ヒヤヒヤしましたね。その後も沢沿いを登っていく残雪期のルートは危険だと感じ、斜面をトラバースするようにしながら進めていきます。時間が進むごとに異常な暑さとなってきており、雪が踏み固められていない斜面ではなかなか思うように先に進めません。

遠く前方に人影が一人。ようやく先行者の背中が見えてきました。そして青白い岩壁も。穂高岳が近づいてきます。

見えてからが遠い、涸沢への最後の登り

Sガレの下を通り抜けながら、ズボズボとはまる雪の斜面をひたすら登ります。すでに昼前。アイゼンは全く必要ありませんでした。目の前には奥穂高岳がハッキリと見えています。小屋明け前の涸沢ヒュッテも天井部分だけが雪の上に少しだけ顔を覗かせ、除雪機が雪をかき分け、建物を掘り出しているのも遠くからハッキリと確認できます。それなのに、とにかく遠い・・・。

もう少し。

先行者をハッキリととらえました。この日2番目で涸沢へ到着のようです。合計6時間半以上かかりました。ルートが不明瞭な上に雪の質がよくなかったということもありましたが、この時期に体力が落ちていることを確認できて良かったと思わなければいけません。気づけば自分も50代へあと4年少し。体力への過信は禁物の年齢にどっぷり入っているのだと改めて感じました。

小屋明け前の涸沢テント泊

涸沢到着

今回もザックはOGAWNDOのOWN。ストックはFIELDRECORDを使いました。ストックはとても軽量で調子が良かったですね。
気温も高くなってきたため、今シーズン初のハイドレーションも使いました。私の使っているハイドレーションシステムはガイガーリグのものですが、メンテナンスも容易でとてもおススメです。

涸沢ヒュッテ近くの斜面の雪を削り、カミナドーム1がスッポリ収まるスペースを確保しました。風はそれほど吹く予報ではなかったのですが、それでもここではテントが飛ばされていくのを見ていますから、念には念をです。

体調万全ではない中、無事に涸沢に到着出来たことにホッと一安心し、パンやお菓子を食べてしばらく寝たり起きたりを繰り返して過ごしていました。正直カメラを持ってブラブラ歩く元気もこの時はあまりありませんでしたね。

左手には前穂のギザギザした岩峰が聳え立っています。迫力です。

翌日登ろうと考えている北穂高岳。ノーマルな北穂沢がこの時期の一般ルートですが、よくよく見ていると南陵も登れそう・・・。この時は地図を見たり、じっと遠くの稜線の状況を見たりしながら考えこんでいました。

一週間後には大賑わいするはずの涸沢。この日は夕方到着組を合わせて7張りほど。贅沢な景色を少人数で堪能することが出来ました。もちろん、色とりどりのテントが並ぶ涸沢も綺麗ですけどね。それでも、まだまり人の入っていない場所を歩くのは格別です。

ちなみに、小屋明け前と言っても涸沢ヒュッテは小屋明け準備が急ピッチですすめられており、トイレも使用可能でした。自販機だけは動いており、ビールやジュースなども全てではありませんが購入できましたよ。

青白く光る月の夜

4時を過ぎてくると涸沢はもう夕闇がそこまで迫ってきます。日も陰り少し寒くなってきました。急いで集めておいた綺麗そうな雪を溶かして水を作ります。オンシーズンの涸沢であれば水はドバドバと出ているのですけれどもね。失敗したのはガスの容量。満タンにせずに持ってきてしまっており、あまり余裕がありません。とにかく水だけは必須なので出来た水をプラティパスに移し、そこへ雪を入れて体温で溶かすという原始的な手法で2リットルの水を何とか確保しました。ガスのチェックは忘れてはいけませんね。

今回もkindleがとても重宝しました。もてあます所だったたっぷりある時間も読書にゆっくりとれたことは有意義でした。今年の山行では間違いなく必需品となると思います。

モンベルのリゾッタや豚汁、お菓子やパンなどを食べてとりあえずお腹を満たし、またゴロゴロと。いつの間にか寝てしまっていたようで、ふと目を開けて外を覗くと、奥穂の上に月が出ていました。


手持ちなので粗いですが、青白く光る月夜の明かりは、この世の最後の光のようで怖かったですね。明日の北穂、毎年事故も多い山だけに、無事に登り無事に帰らなければいけないと思いながら、また寝入っていきました。

生暖かい風の吹く夜

どのぐらい寝たのでしょうか、ふと目を覚ますと少しだけ風でテントが揺れています。時計を見ると午前0時30分、外の様子を見ようとテントの入り口を開けて顔を出しました。まだ目が慣れていなくてボーっとしているにも関わらず、物凄い光の数が目の前に広がっていることはすぐにわかりました。

カメラを手に取り、雪の上に三脚を作って撮影してみました。三脚を持って行っていたら良かったと本当に悔やみました。

気温は異常に高く、吹く風はとても生暖かい風が吹いていました。星はキラキラと輝いています。いつまでも見ていたかったのですが、間違いのない翌日の晴天を星空から感じ、数枚の撮影ののちにまた寝入っていきました。この日のシュラフは厳冬期から残雪期対応にグレードダウンさせ、ナンガのUDDBAG380DX。それでも全く寒さを感じることなく気持ちよく眠ることが出来ました。

北穂高岳南陵へアタックの朝

とてもよく眠りました。眠り過ぎてしまい、4時に起きようと思っていたのに大幅に寝坊してしまいました。しかし、結果としてはそれはそれで良かったのかもしれません。この日一番に登り始めた30代の登山者が北穂沢で滑落し、そのまま命を落とされました。滑落したのは午前5時頃とのこと。当初私が登り始めようと思っていた時間帯です。ご冥福をお祈りします。

4時45分。絶好の天候です。

周りではすでに撤収を始めるテントもありましたが、多くは北穂や奥穂へのアタック準備にかかっています。私も急いでお湯を沸かし、リゾッタをお腹に流し込みました。半分以上食べたところで後は残し、出発の準備を進めます。

この時間頃に滑落が起きたのだろうと思います。しかし、全く気が付きませんでした。

刻一刻と変わっていく山の色に見とれながら、準備を進めます。

あまり染まり切らなかったのですが、それでも薄く桃色に色づいたモルゲンロートを見ることが出来ましたよ。

結局テントを出たのは午前6時前でした。北穂高岳南陵に向かいます。
続く

 

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