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遠藤周作著「海と毒薬」読了―突き刺さる”後味の悪さ”が印象的なおススメの一冊

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「俺たちは人間を殺そうとしとるんじゃ」、それなのに・・・。

第二次世界大戦中に実際にあったアメリカ人捕虜に対する生体解剖事件を題材とした遠藤周作の小説「海と毒薬」を読みました。今から61年前に発表された小説です。

kindleを購入してからというもの、読もう読もうと思っていた本を気軽に読む機会が増えました。そのことはとても良かったのですが、この「海と毒薬」は底知れぬ後味の悪さを残してくれました。

 

 

そして、その「後味の悪さ」こそ、この小説が訴えかける、日本人の罪意識についてというテーマに関係しているのだろうと思うのです。ふと、「私自身がそうなったとき、どうするのだろうか」と考えさせられるのです。

たまたまその時代だったから?、たまたまその場所にいたから?偶然の積み重ねで、生きたままの人間を殺すという、医学に名を借りた殺人に加担していく登場人物達。

確かに「戦争」末期の荒れ果てた社会と精神がさせたのかもしれない。戦争は人間を狂気に駆り立てるのかもしれない。そのことの怖さも小説の随所で浮き彫りになりながらも、それとは違う人間のより深い、日本人の中の罪の意識、善悪に対する判断とは何なのかを問いかけているのが本作なのだろうと思いながら、私には答えは見つかりませんでした。

詳しく書いてしまうとネタバレになってしまいますからこのくらいにしますが、推理小説のようにスルッと入っていく冒頭から、人間の善悪に対する感情について考えさせられる後半まで、3時間ほどで一気に読み切ってしまいました。

印象に残った一文は、登場人物の一人、医学生の戸田が自分を振りかえって語った言葉。

不気味だからだ。
他人の眼や社会の罰だけにしか恐れを感ぜず、
それが除かれれば恐れも消える自分が不気味になってきたからだ。

不気味といえば誇張がある。
ふしぎのほうがまだピッタリとする。

ぼくはあなた達にもききたい。
あなた達もやはり、ぼくと同じように一皮むけば、
他人の死、他人の苦しみに無感動なのだろうか。
多少の悪ならば社会から罰せられない以上は
それほどの後ろめたさ、恥ずかしさもなく今日まで通してきたのだろうか。
そしてある日、そんな自分がふしぎだと感じたことがあるだろうか。

社会的罰が無ければ、何をやっても忘れてしまう無感動な心・・・。そんな自分は人を殺すとどう感じるのだろうか、良心の呵責に苛まれるのだろうか、そうなれるのだろうかと、生きた人間の解剖に参加することにしてしまう戸田。そして同じく参加していった同僚の勝呂の葛藤。綺麗ごとではない、生々しい人間の思考が恐ろしく感じた一冊でした。

「後味の悪さ」と書きましたが、人間を狂気に陥れ、人間の本性を剥き出しにする「戦争」の足音が聞こえてこないという時代ではないからこそ、いま読んでおいて間違いのない一冊だと思います。

 

 

 

今年の上半期に読んだ本の中で最も印象深い重松清の「まゆみのマーチ」。

その後、山岳小説を何冊か挿みながら、「カシオペアの丘で」を読了。主人公達との年齢の近さ、いつ自分にも迫るかもしれない病との向き合いを思い、長編ながら一気に読み切りました。カシオペアの丘で一人息子に語り掛ける主人公の場面は辛かった・・・。

 

 

 

 

 

 

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