お別れするのは寂しいけれど 交通事故と介護と回復の記録

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8月26日(金)事故から38日目。
「夏休みもう終わった?」
朝ごはんを食べながらみーが聞いてくる。
今日は何日?夏休みは何日まで?
じゃあまだ夏休みだね〜という会話を毎朝している。
夏休みが終わったら学校に戻り、これまでのように毎朝家の周りを走ることを夢見ているみー。
もう少し、必ずその時が来るはずだから、頑張ろう。
昨夜からの頭の痛さは朝起きても消えていない。芯の方からドーンと痛い。頭痛薬を飲み、みーママとみぃ君に行ってくるねと伝えて家を出る。
みーの事故の後、お互いが自転車に乗ることにとても恐怖を感じるようになっている。必ず声をかけるようにしている。
6時52分
病院に到着すると、みーは既に起きていた。「おはよう」「昨日の夜は本を読んだよ」とのこと。怪我をしてから自分で本を読むのは初めて。本好きだったみーが戻って来てくれたようで嬉しい。
みーは机に向かって勉強していた。6年生の夏の宿題。
間違いもあるけれど、見直しながら頑張ればいい。投げ出さなければいい。
朝の検温。36.2。
今日は朝ごはんが少し遅くなるみたい。
朝ごはんは8時に到着。お腹ペコペコ(笑)完食。お盆を返しに行くのもあと数回。初めは持てなかったお盆も、今は両手で持てるようになったね^ ^頑張りました。



食後は院内を散歩しながらカフェへ。
いつもの散歩コースをぐるっと一周。まだ階段の下りは1人では難しそう。力の入りやすい右側に手すりがあればいいのだけれど、手すりは何故か両側にはなくて、どちらか一方なのね〜こうなって初めて気がつく不思議。バリアフリーってその立場に立つとまだまだなんだね。
部屋に戻って歯磨きや着替えを自分で済ます。
1人で身の回りの事が出来るようになることがリハビリ病院での一つの目標だと思う。
本当は着替えの服を自分で揃える所からだけど、ちょっと今の病室では狭くて、みーには取れないかな^_^;
リハビリ病院はほぼ高齢者ばかりの中で、小学生は1人という環境になりそう。
年齢の離れた世代の中での集団生活。
自分が子どもの時にももちろん経験をした事のない生活になる。みー頑張れるかな?不安は尽きないのだけど、学校に戻るために頑張るしかないね(u_u)楽しいといいのだけれど。
言語の時間まで折り鶴を折ったり、勉強をしたり。
いただいた鶴は4000羽以上。本当にありがとうございます。みーは自分で1000羽以上折って、お返しをしたいらしい。どこまで頑張れるかな?片手ではなかなか折りづらいようで、1羽折るのに10分ほどかかる。いいリハビリになる。



6年生の夏の宿題。分数のかけ算や割り算。円の面積やその応用に取り組む。ハッキリ覚えている部分と、丸っきり抜け落ちている部分があるようで、本人は苦しそう。それと記憶力。直前にやった事をなかなか覚えられない。3回ぐらいやると何とか覚えられる。人の4倍ゆっくりとやればいい。
円の面積の応用は得意らしく、逆に教えてもらった(笑)



今日は最後のリハビリとなる。
11時
言語のO先生のリハビリも最後。
嚥下の確認から関わっていただいた先生。本当にお世話になりました。
最後はみーと2人でリハビリ室へ。私はあえて外で待つ。親のいない環境へも慣らしていってあげないと。
30分間楽しそうに声が聞こえ、笑顔で部屋から出てきたみー^ ^
お世話になりました、ありがとうございました(u_u)とちゃんと挨拶出来たね。
12時
理学のY先生の最後のリハビリ。
リハビリチームで意識のない、かなり辛い状況の時から何かとお世話になった先生。本当に助けられた。
しっかりとトレーニングの方法を学び、みっちり40分間。
最後には反復横跳びのテスト。結果は20秒で28回。11歳の平均は44回、事故前のみーのベストは49回らしいけれど、3日前は19回が限界だった。わずかな期間で大きな前進!必ず退院したら会いに来てねと最後は握手でお別れした。
ありがとうございました。
部屋に戻り昼食後はパパと一緒に一階の食堂へ。
さらに唐揚げを食べるとのこと。食欲はかなり戻ってきた。
食べながら、「初めはどこにどんな風に運ばれたの?」と聞いてきた。集中治療室へ挨拶も行こうと思っていたので、当日の事をかなり詳しく、親がどんな思いだったかも含めて話した。さすがに食べる手も止まり、じっと聞きながら目を赤くしていたみー。
その日のことは親でもまだ気持ちがまとまり切っていなかったのだけど、いつか記録を振り返りながら伝えていこうと思う。
とにかく、一度は失った命、どんな辛いことがあっても諦めちゃいけないと話した。
この経験をプラスにしてくれたら嬉しい。ようやくそんな風に考えられるようになってきた。
2時
集中治療室へ退院の報告とお礼を伝えに行った。
病棟へ移ってからは初めて。
集中治療室の入り口で、7月20日に交通事故で運ばれましたと伝えると、居合わせた看護師さん達が「あー!こんなに元気になったの!」とビックリしてくれた。
みーは初めて来るという感覚だから、ピンと来ていないのかもしれないけれど、ビックリされて当然だった。
「初めは意識なくてね、あのテレビで見るような台の上にいたんだよー、良かったねー」「もう少しだね!」と色々声をかけてくださった。そして、「お父さん良かったですね、頑張られましたね」と声をかけてくださった時は、みーには気づかれないようにだが、涙が出てしまった。
みー、パパもママも自動両開きの集中治療室のドアから、入るのも出るのも怖かった。
入ってベッドに行ったらみーが息をしていないんじゃないか…。部屋から出たらこれが最後になってしまうのじゃないか…そんな思いで毎回ドアをくぐっていた。
いま横を歩きながら一緒に集中治療室のドアを出ることができるのが嘘のようだよ。
学校の先生方が会いに来てくださった。
転院の電話をまだ出来ていなかったので、良かった^_^;伝えていただくことにした。
先生方も忙しいのに頻繁に来てくださった。ありがたい。
理科の先生は2月期は月について勉強するからね、月だけ見てて^ ^と。
待っているからじっくりねと言って下さった。頑張ろうみー。
3時
言語のA先生の最後のリハビリ。
2人で行ってもらった。
パソコンを打つ練習をしているはず。絵本を読んで、自分でその先を想像し、想像した内容をパソコンで打つ。みーはとても楽しみにしていた。
今日で最後となると寂しいと思う。
まだ流動食の時、氷を口に含ませてもらってガリガリ食べ始めた時は、口から物が食べられるようになるかもしれないと思い嬉しかった。
本来30分程度のリハビリのところ、結局1時間半、みーは先生と色々な話をしながら帰ってきた^ ^とても楽しかったみたい。先生ありがとうございました。
4時45分
作業のI先生による最後のリハビリ。
みーは意識がないころは左腕を触られる事が嫌だったようで、なかなか身体を預けてくれなかった。それでも粘り強くマッサージをし、みーとコミュニケーションをはかってくれた先生。
最後にはとても先生を気に入って?いつも笑顔で楽しそうにリハビリに通っていた。
今日は指のピンチテスト(指先の力)、握力などを測った。左指は2。
最後には「これまで本当にありがとうございました」と挨拶をしたみー。
山に登る先生は、「次は山で会いましょう!」と応えて下さった。
いい方々に巡り会い、ここまで何とかこれた入院生活。本当にありがとうございました。
まだ少し、ここ国立病院機構名古屋医療センターでの入院は残っているのだけれど、みーの命を救ってくださった皆さん、お会いできて本当に良かった。
おかしな話ですが、お別れするのが寂しく感じてしまいます…。まだもう少し、頑張ろうと思います。
本当にありがとうございました。
明日は自宅へ戻り外泊の予定。
みーは早く明日にならないかなと、嬉しそうにしながら宿題をして消灯を迎えました。

 

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